昭和五十七年七月二十一日 朝の御理解
御理解 第四十三節 死んだからというて、神のおかげを受けずにはおられまいが。死に際にもお願いせよ。
教祖様の、またのみ教えに死ぬる用意より生きる用意をせよと実に、金光教的な表現です。どういう事かというと、例えば、今日の御理解の死際にもと仰せられる、死際にもお願いせよと何を願うか、例えば肉体は滅びても心は生き通しに生きていけれる事を願うんだと、私共が霊の世界に入ってもやはり生き生きとした霊としての働きまた霊としての御用も出来るようなおかげを頂きたい。だからあの世でそうした生き抜けれる、どこの何やらかにやらわからんような霊ではなくて、すっきりと霊の世界に入ってもね、金光大神のいうならば手にも足にもならせて頂けれるような生き生きとした働き、いうならば神様、天地金の神様の願いにも答えられるような霊ね。
この世でもそうでしょうが、おかげおかげというておかげに終始するだけではなくて、どうぞ神様あなたの手にも足にもならせて下さい、神様に喜んで頂くような御用の一つもさして下さいというような願いと同じなんです、霊の世界に入っても死に際にも肉体は滅びても霊も滅びるという事はない、その霊の世界に入ってもね生き通しに生きられ金光大神の手にも足にも、いうならば、なれるれるほどしの霊としておかげを頂く為にも死に際にも願わなければならんのです。死んでしまえば、もう一貫の終わりと、も終わりになったものだけじゃなくて、永劫続けていけれる命、そういう命を大切にさしてもらう信心なんです、お道の信心はね、いうならばこの世で喜びを頂かずしてあの世で喜びの霊安心の霊という事があり得ないはずがない。
この世で安心のおかげを頂き、この世で喜びの信心を頂くという事は、目指すという事はね、なかなか完ぺきという事は出来ないにしても限りなく、そこんところえ焦点をおいて目指していくのだ、いいかえるとね生神を目指すということ、心が喜びいっぱいでどんな場合であっても平静心、どのような場合であっても驚かんですむ信心、そういう信心をこの世で身につけておく、神になる神になるというてもこの世で神にならずしてあの世でどうして神になられるかというような教祖様の御言葉がありますね、だから神になるならんは精進いかんですけれども、神になる精進を日々しておるんだという事です、そこを願ってるんです。
だから、その霊はまたなら死に際にもどうぞこの願い、この祈りをこの喜びをこの安心をいよいよ確実なものにしていけるような霊としておかげを頂きたいという念願があるならば、死に際にもやっぱこれでおしまいでなくて死に際にも願うていかなきやならんんという事になりますね、だから私共はそういう遠大な、願いのもとにお互いの信心が続けられてまいりませんとね、金光教の信心が小さい、御利益信心に終わってしまいます。いわゆる現世だけでの助かりの神様にしてしまったんでは相済まんのですねもうこの痛かつがいっちよ直りさえすればとかね、ここの道がいっちよ開きさえすればとか、成程生きとる間はそういう事が、苦しい事がありますからその苦しい事を通して御神意を悟れ御神愛を悟れというのです。
昨日、行橋支部の支部長堀内さんが毎日一時の、御信者さん方も同道でお参りを致しております。一時の夏期信行、見違えるようにやはり、修行させて頂こうという気になると生き生きして来ますよね確かに、支部全体が生き生きとしてくるんです。ところがあちら、たいへん良い子が皆さんも御承知のように、良太郎君、今中学の一年生でしょうか、神様から、いろいろお知らせを頂く、お母さんがおらんときには、自分が御神前に出て御祈念を上げさしてもろうて御理解を説く、ちいうのですからね、まだ小学校の時から、神様から頂いた事を伝えるんです。私は末恐ろしい子供だと思う、もうこっちでも、私共がこんだどげん育てるこげん育てるという事なんかは言えたり思えない、素晴らしい事を頂くんです。
なかなか頭もいいらしんですが、今度お母さん僕はどうでも二十番以内にはなりたい、さ頑張にゃというて、ところが今度はだいぶその落ちたとこういう、それでこりゃ少しね神ながら主義だけぢゃいかん、ちつと頑張らせにゃでけんから、ちと少しきつく言おうとこう思うておった。通信簿を持って来たから見せて頂いたら成程下がっておる、ところが二十番ではなくて三十九番であった、もう途端に有難くなったちいうね、例えば成績が下がるとか上がるとかてもう神様にお願いをしての事であるのに、自分は成績が下がったというて子供を怒ろうと思いよったけれども下がったなら下がったそこで御礼を申し上げれる信心、それこそ神愛がわかるという事は、そういう事なんだ、サンキュー三十九番という番号を見た途端に私の心が、あっおかげ頂いたという心になったというお届けを昨日しております。
昨日、一時の御祈念が終わってみな帰られて、あとに、そこ五、六人の方が、えらい感動しながら、何か泣きながら話しておられるけん、よっぽど何か悲しか話しがあるぢゃろうかと思うて私はここから思いよりましたらしばらくしたらみんなここえ出て見えて、神様の一分一厘間違いのない働きの中に、お互いが、その、丁度おかげを頂く人達ばっかりなんです、くの一会の方達ですね、もう本当に、その話しよっても涙がこぼれて仕様がなかったというてここでお届けにまいりました。日々福岡からみんな夏期信行に通うてくるわけですけども、本当にこちらが一心にお参りしたいと思うと神様がその前後にこんなに微妙にこんなにもあらたかにお働きを頂ける話をしておるわけですね。
それでその事の御礼をいうて帰られましたけれども私合楽で本気で信心の稽古をさして頂こうとすると必ずそういう働きが前後に起こってくるというわけです、ここでたとえば腹が立つとか、子供をいっちょ怒らなきやならんとかと、例えば、思うておってもです、そのおこりとか腹立ちというものが反対に有難い方へ変えずにわおかれんような働きが起こってくるんですこうやって福岡から毎日日参さして頂いとるがとてもやはりお繰り合わせを頂かなければね、まず旅費からお初穂からいうならばお参りをする、その時間のお繰り合わせを願わなければでけん、それがもう本当に切ってついだように、お繰り合わせを頂いてその道中にもまた様々と神様とお話し合いをしておるような感じでお参りする事ができるとこういうね。
そういう働きが起こって来るんです、合楽に一生懸命向かってまいりますとね、だからそういうところを通らせて頂いてです、いうなら堀内さんぢゃないけれども、たとえサンキュというような神様のお知らせを頂かなくてもです、怒ってやろう、こんだいっちよ、という思いもとにかくその子供が成績は今度下がったよとこういう、おかげばいしっかりあんた頑張らな、あんたが勉強せんからというて怒る事もなんもいらん、そこからのおかげを頂いていきゃよかばい、それがおかげばい、これは一切神愛という事がわからなければいえない事でしょうが、どうですかねわかっとるようでわかっとらんから怒らんならんと思いよる。
そこで神様からちょつとこうお知らせを頂くと、はあともう一変に腹立ちなら腹立ちの心が有難い心に変わっていく、それからそこも非常に合楽に通うてくる人達は私は有難いと思う尊いと思う、だからそういうところを通りに通り抜かせて頂いてそういう事をなら例えばその前後に神様のその働きというものを感じなくてもお知らせを頂くっても一切神愛という事がわかった時私は本当の合楽の信心がわかった時だと思いますよ、そういうお知らせを頂いた途端に神様は一分一厘間違いない働きというて感動しておる尊い事です、これは合楽ならではという感じがするですね、けどもそこを通り、、、何故そういうその微妙な働きを現して下さるかというと一切神愛であろうかなという事をわからせる為の働きなんですね。
私は黙っておってもです、そこに神様を信じ神様から信じられる、いや神様から信じられておるという実感、また神様を信じておる信じられる、そういう働きというものがねおこってきてね初めて、お徳の世界というかいわゆる生神へ向かっての精進であるというかね、私共は死に際にも願わしてもらうという事はね、もうこれで肉体は滅びてしまっておしまいという事ではない、死んだからというて神の世話にならんわけにはいくまいがとおっしやる、死んでからでも、神様のおかげを頂かなきゃならん、しかもそれがね、なら生前に本当に神様の手にも足にもなりたいといったような願いをその霊が持ち続けていける事の為にいうならば永ごうね、霊が生続ける事の為の土台をこの世でつくっとかないけない。
あの世でも御用が出来ますようにというような私は信心というものが育ってくる、ただ今も申しましたようにね、私共がそのきになるとね福岡からでも参られる、今日は御初穂もないと思いよるとそこに不思議な不思議なおかげを頂く、旅費もできた御初穂もできたね、どうにも参られないと思いよったらね、むしろ主人の方が今日はもうお参りの時間ぢゃないかというて、出にくい所を出してくれた、そういう働きを受けながら、という事は大変尊い事だという事ですね、合楽ならではと思うけれども例えばそういう働きを受けなくてもやはりそうした一切神愛という実感の中に生活が出来るようになる事の為に神様はそういう微妙な働きを私共の周辺にもおこして下さるのだとね、黙っておっても神様と通いねいうならば信じ信じられておる仲というものをいよいよ実感できれるおかげを頂きたい。
私いつも思うんですけども、昨日は菊栄会でしたからもうすんでから文男先生が、私の部屋へやって来て足をもんでくれます、もう本当に思うんですけれどもあのう黙って入って来て黙って私の足をもんで、いうならもみあげてまた黙って帰る、私も黙っておるそれでいて何ともいえんものを、いうならば御礼もいわんとかなんとかちいうもんぢゃなくてね、何かこう、その時だけはこう文男先生と私というものが黙っておって信じ信じられる仲というものを感じるんです、お世辞にでんどうかいわにゃならんとかそんな事いわんでもね、黙っていうならば御用をしていくまたは御用を受けていけれるという事、例えばそこにサンキューというものがあろうがなかろうがそんな事は問題ぢゃないね、それを大きくいうと一切神愛の中にある私共である、お役に立ちたいという一念をいつも燃やしておる自分である、それを神様も見たもうておられる、お聞きたもうておられるのである心と心が通う世界。
それを私は信心の世界だと思うですけどもね、そういう世界をいよいよ住まわせて頂く事を目指しての信心からね、いよいよ霊の清まり、またその霊がいよいよ喜びの霊、安心の霊としておかげを頂いていけれるその霊をもってどうぞ神様ね、あの世にまいりましても、お役に立つ霊としてお取り立て下さいませお使い下さいませというようなです願いをしなければならぬ、そういう願いの出来る所まで、唯々死ぬときにもどうぞというような時を手前の方で頂くとですね頂けん事もないですけども私はギリギリのところはね、永ごう生きれる手立てというか信心ね、為にはやはり霊の世界に入ってもそうした働きの出来れるお役につこうて頂けれる霊としておかげを頂かして下さいというて願えれる信心。
そこでまあいよいよ、わからせて頂かなならん事は、これは昨日一昨日でしたでしょうか、今福岡の秋永先生達が毎日参って来て、お母さんがここでお届けをしますのに、私は数十年間合楽にご縁を頂いた時からね、小倉の初代桂松平先生のみ教えであるという事を承って、はあこのみ教えでいこうと思うて何十年間出来んなりに過ぎましたがというお届けを聞きながらね、あの桂先生の神に孝行して親に不幸をして後に孝行する氏子がある、親に孝行して神に不幸をして親に不幸をしておる氏子があるというみ教えである、私はこれでいこうと思うたと、親に孝行は出来んけども神様に本気で孝行しよう私の信心はこれでいこうと、数十年前に思うたとこういうのです。
親に不幸して神様に孝行しょう、そして後に親に孝行しょうと思うたけれども実際は神様に孝行ができんなりに親にも孝行ができんなりにここ数十年を過ごしましたと、私それを聞いて本当にドッキリしましたですね私はこれを皆にもいつも聞いて頂くんですけれども、私自身はそうでしたです確かに、親に不幸して神に孝行をしてそして後になら親に孝行をしたいという感じが致します、そして今日のおかげを頂いとると思います。
けども先生の、秋永のお母さんがいう事を聞いておってです、はあ本当ね、親に今は不幸しとるばってん神様に一生懸命孝行しよるから、必ず親にも孝行が出来ると思うてこのみ教えの素晴らしさを数十年前に感じましたけれども、数十年経ってみて今日を思うてみると親にも、いや神様にも孝行がでけず親にも孝行がでけずに、いうならばなってしまいましたという事を聞いてね、こりゃまずやっぱり何というても親に孝行する事が先だなと思いましたよでないと秋永のお母さんのようにどっちつかずになってしまうあ、素晴らしいみ教えですそれを実験実証したら素晴らしいです今日私が、私自身の事ですこれは私自身の事は成程親教会にも不幸した親にもね、いうなら泣いて頼まれるような事があったけれどもね。
いや神様の仰せには背かれんという行き方を貫いた、そしたらなら親教会にも以前ああもしたいこうもしたいと思いよった事以上の事も出来るようになり、両親私の両親の親にはこれ以上の親孝行はなかったろうと思うような親孝行もさせて頂いて神様には、喜んで頂く信心を貫かせて頂いておる、だからそれは桂先生でいえれる事であったでしょう私であっていえる事だという事になるでしょうが、皆さん、だから親に不幸して神に孝行する事が出来ればね、必ず親孝行が出来ますけれども親孝行、神に孝行が出来ずして親孝行はあとからなんてごたっちやそれこそ二十年も三十年も経ってから気づかせて頂いたのは、その両方ができてなかったという事になるのですね。
だから親に孝行するというそこの辺の手立てがです、合楽理念に基づかせてもろうて、さっき何人かの例を申しましたようにその前後にそうせずにおれない働きをまず受ける事の信心を身につけなきゃいけません、神様がもうものをいうて下さっておるようなね、その向こうにです黙っておっても適う、いうなら例えそこではどういう事であってもそれを神愛と受けとめられる信心、そういう信心をもって私は初めてね死に際にもお願いが出来るようになると思うですね死に際にもお願いが出来るような信心をいよいよ身につけていきたいですね。
どうぞ